誰のための未来を生きるか

20代半ば、女性。

結婚歴および出産歴無し。

それなりの大学を出た。

それなりの企業に入社した。

それなりの稼ぎを得ているし、今後約40年得続ける見込み。

それなりに頭が良いと思うし、それなりにちやほやされて生きてきた。

特別何かに秀でてる訳じゃないけど、これまでの人生ずっと中の上だった。

 

努力とか継続とか、そういうのは好きじゃないから、ぬるま湯に浸かりながら中の上の人生を享受して、そんな自分に満足してきた。

 

もう少し頑張れば、もうちょっと良い大学に入れた、もうちょっと良い会社に入れた、もうちょっと男に貢いでもらえた。

でも私は敢えて頑張らなかったと、自分に言い聞かせて生きてきた。常に自分に逃げ道を与えてきた。

愚かかもしれないけど、ぬるま湯は心地よかったし、全力で走ってないのだから1番でなくても悔しくなかった。

そんな自分の人生をそれなりに愛してた。

 

 

なのに、どうして結婚だけは焦ってしまうのだろう。

結婚しなくても食っていける。子どもを生まなくても迷惑かけずに自分で死ねる。それぐらいの経済力は持ってる。

男に(というより他人に)尽くしたり愛情を注いだりするのが好きでもなければ、自分の遺伝子を残したい願望も大してない。

子どもは嫌いじゃないけど、大きな子どもみたいな自分が生命を育み責任を持って社会に出すなんて無理だ。そんな重荷背負いたくない。

 

でも私は誰かの花嫁になりたいのだ。

独身バリキャリも、LGBTも、DINKSも、専業主婦も、ワーママも、何も否定しない。

自分の意志で人生を選べばそれは全て「中の上」以上の人生だ。

 

今の自分が考える結婚生活のメリットとデメリットなら、金銭的にも生活リズム的にも圧倒的にデメリットの方が大きい。

じゃあ私は誰の意志で結婚したいのだろう。なぜ、どうして、いつまでに、どんな人と、どういう風に結婚して、どんな「中の上」の人生を歩んでいけばいいのだろう。

 

この数年でオトナを取り巻く環境は大きく変わった。

「出会い系サイト」なんて犯罪の巣窟のように言われていたものは「婚活アプリ」という華々しいツールに姿を変えたし、高齢出産も当たり前になったし、DINKSLGBTといった言葉の定着は新たな価値観の出現を表しているだろう。

 

それでもやっぱり、少なくとも私にとっては、女は20代後半にもなれば結婚して子を産むのが当たり前と他人の目が言っているような気がする。

親や家族、職場、昔の友人、あらゆるコミュニティがそう言っているような気がする。

 

これまでの20数年と同じように、自分が納得できる中の上を生きていきたいだけなのに、どうして結婚を考えると息苦しくなるのだろう。

私は誰のための未来を生きるのだろう。